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めいへ

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今日はめいが虹の橋へいってちょうど1ヶ月です。

母さんの一番の心残りは めいが旅立つとき誰もそばにいなかったことです。

家族の誰もが後悔でいっぱいです。特に母さんは仕事を休めばよかったとか 病院にあずかってもらえばよかったとか ごめんねしか言えない

だけどね めい 聞いてね

あの日 めいとお別れするなんて 誰も考えていなかったんだよ。

母さんが仕事から帰ってきたときは元気いっぱいにとはいかないけど まだまだ大丈夫って思ってた。だから仕事にも行っちゃったんだよ

だからね あまりに突然で 何がなんだかわからなかった

              

めい 16歳と4ヶ月と10日 よく頑張ったね。長生きの方かなあ

今年はいろいろあったね。3月にはお尻のできものがはぜちゃってどうなることか心配の日々だったし。
5月の誕生日には痙攣を起こして もうダメかなって覚悟も決めたね だけどなんとか乗り超えてくれたんだよね。
そのあと体重が2キロを切っちゃったね。一番少ないときは1.65キロまで減っちゃったんだよなあ。それがいけなかったんだろうなあ。
もう少し体重が増えてたら 今頃は母さんの膝で眠っていたのかも なんてね ちょっと考えちゃう

今回も乗り越えてくれるかなって期待してたんだよ。

だけど今まで頑張ったから これ以上は無理だったんだね。

本当に小さな身体で頑張ったね とってもいい子だったね

母さんにはもったいないくらいのいい子だったよ。

       

母さんのところに来てくれたのはまだ2ヶ月と1週間めのことだったね。

本当に小さくて小さくて 夜あんまり泣くから 母さん我慢できなくてお布団の中に入れちゃったんだよね。それから16年と2ヶ月くらいほとんど毎晩母さんのそばで眠ってたんだよね。
だから 今母さんの右側がなんだか寒いよ。
Photo

いつも母さんのそばにいた めい

大好きだよ 世界中で一番大好きだよ これからもずっとね

めい めっこ めいっち めいこちゃん ぺいちゃん おぺこちゃん おっぺちゃん
いろんな名前で呼んできたね。
これからも 毎日めいの名前を呼ぶからね。 そして大好きだよって。

               

今 母さんの膝で眠ってるかなあ なんとなくそんな気がする。

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めいへ

めいが虹の橋へ行って明日で1ヶ月だよ

母さんにはあっという間の1ヶ月 昨日のことのように思えるよ。

まだまだ信じられない気持ちがいっぱいだし そこにいるような気がする。

現実なんだけど現実じゃない そんな感じ

甘えん坊のめいが母さんのそばから離れるなんて 考えられないよ。

夢ならいいなあ って何度思うことか

抱っこしたいし 頭をなぜなぜしたい そして思いっきりチューをしたい

だけど もう できないんだね さみしいなあ

                       

だけどね さっきふと思ったんだよ

腎臓病になってもうすぐ3年 週2回の注射 ちっちゃな身体でよく頑張ったよね。
調子の悪いときは毎日のように注射に通ったこともあったよね。

薬も毎日 何種類も飲まされたね ご飯も食べたくない時が多くて それでも無理矢理食べさせようとしたこともあったなあ

本当によく頑張った 私だったら 嫌だって逃げたしていたかも そう思うと あんなにちっちゃな身体で頑張ったよね。

それから開放されたんだから 楽になったんだから めいにとってはよかったのかなってね

えらかったね たくさんほめてあげたいなあ

23日の朝 突然の咳 喘息みたいな咳だったから お父さんに病院へ連れていってもらったんだよね。その前の日までは元気いっぱいで ご飯も沢山食べたのに

肺炎だったんだよね。

そんなに肺も心臓も悪くないようだったので安心してたけど やっぱり苦しそうだったよね。もともと持病で心臓病もあったからなあ

ただ 体重が2キロあったら もう少し頑張れたかなあ 増やしてあげることができなくてごめんね

     

ふと めいが遠くにいっちゃうような気がしたんだけど そんなことを思ったせいかなあ 
めいが虹の橋へ行ったのは 母さんのせいかなあ

母も肺炎で、その時先生が心不全等で突然亡くなることがあると言ってたんだよね
それを聞いて めいもそうだったんだろうなあ なんて思っちゃったけど 本当はどうだったんだろうね。めいに聞いてみたいなあ。

          

ひとつ願いが叶えられるなら 9月25日の朝に戻りたいなあ

              

                 

なんだかまとまりのない文だよね いろいろ思い出して泣けちゃったり 

思いつくままだからだね

めいへの想い まだまだ書ききれないね 少しずつだね 

めい 聞いててね

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小田さん

昨日は小田さんのライブに行ってきました

最近いろんなことがあって 元気がでなかったけど

小田さんの歌声を聞いて 一緒に歌ったり 踊ったり
オフコース時代の歌も何曲か  

癒されたり 元気をもらったり 楽しい時間を過ごすことができました。
10メートル位のところに小田さんが何度か来てくれて感激しました

やっぱり ライブはいいですね

           

           

スマにも会いたかったなあ 

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母のこと

めいが虹の橋へ旅立った次の日の夜遅く、妹から電話

こんな時間になんだろうと思いながら出ると 母が救急車で運ばれたから とりあえず行ってみるよ あとで連絡するから ということだった。

なんでこんな時に と思いながら電話を握り締めていた

次の日の午前1時半頃 妹からメールが 母は入院 肺炎なので急変する可能性があるって 

もう 何がなんだかわからない それもめいと同じ肺炎なんて 何で という気持ちが大きかった

妹が言うには点滴が効けばいいけどだいぶ弱っているので危険な状態だということだった。

数日間は電話を離せない状態の日々だった。

その1週間前には娘と敬老の日のプレゼントを持って会いに行ったけど いつもと同じ状態だったのに。 
ただ 先月辺りから呼吸が速いような気がしたけど、看護師さんも何も言わなかったので 大丈夫だと思い込んでいた。

それでもおかげさまで奇跡的に何とか乗り切ってくれて 先週には退院することが出来ました。
妹とめいが守ってくれたのかもね、なんて話をしたのですが・・・。

先生が言うにはあの状態では 5人に1人が退院できるかという確率だったそうです。
本当に危険な状態だったようです。ああいうのを危篤っていうんだろうね、って妹とあとで話をしました。
ただ 退院してもまた肺炎を起こせば今度は確率的に難しくなるでしょうと言われてしまいました。

母の場合胃ろうなので胃に入れたものが逆流して誤嚥性肺炎になる確立が高いようです。

心配ですが施設の方にお願いするしかありません。

今日は母の顔を見に行ってきました。

退院したとはいえ ほとんど眠っているような状態で 先月に比べたら いい状態とは言えないけど ほっぺはピンク色をしていました。

一度は家族中が覚悟を決めるほど危険な状態だった母 せっかく退院できたのでこのまま乗り切って欲しいです。

それにしても 不思議です。

めいは母がこんな状態になることがわかっていたのかと思うくらいのタイミングで お星さまになりました。
私が思いっきり母の面倒を見ることが出来るようにさせてくれたのかと。
めいがいない寂しさを感じさせないようにしたのかとも。

ただ 今は母の状態も落ち着いているので 思い出すのはめいのことばかりです。今のほうが寂しさが増しているかも。家でひとりでポツンとしていると悲しくて涙ばかり出ちゃう。だから仕事で忙しいほうが気持ちは楽なんだよね。

家にいたくない。

寂しいよ めい 
母さんは悲しくて寂しくて 今もめいの姿を探してしまうよ。めいのぬくもりが懐かしいよ。会いたいよ 

    

    

明日は小田さんのライブです。やっとです。

         

少しずつ 前に進めたらいいけど。

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ありがとうございます

皆さんの暖かい言葉 どうもありがとうございました

本当はひとりひとりにお返事を差し上げなければいけないのですが コメントを読むたびに涙が出てきてかけません

もう少し時間がかかりそうです

ごめんなさい

もうちょっとしたら 必ずお返事しますので 待っていてくれますか

本当に 本当に

ありがとうございました。

          

       

めい 幸せだね

Photo
2009年7月 まだまだ元気いっぱいのころの めい

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9月25日 めいがお星様になりました。

毎日悲しくて寂しくて 

会いたいなあ めいに 

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