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今年もお世話になりました。

昨日は義父のお墓参り

今日は母のお墓参りに行ってきました。

今年は大掃除もパス

喪中なのでおせちもなしです。

ただ筑前煮となます、豚の醤油煮、煮豆だけ作りました。

 

 

あと2時間で今年も終わります。

 

ブロ友の皆さま

今年も大変お世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いします。

 

皆さま良いお年をお迎えくださいね。

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平成30年もあと…

今年1年 目まぐるしく過ぎていった年でした。

 

年始早々 父が腰が痛いといい 娘はお腹が張るといい

孫ちゃん1の面倒をみつつあっという間に過ぎ

 

2月になっても父は腰が痛くて動けないといい、 娘は早産の可能性があるからとにかく安静。

父は病院で圧迫骨折だと診断され、動くのもままならない状態だった。本当はうちに連れてきたかったけど、娘が絶対安静の状態で、2階の自分の部屋には行くことが出来ず、父も腰が痛いので2階での生活は絶対にムリ。妹んちもそれぞれに事情があり、引き取ることは難しかった。

本当にどうすればいいのかいろんなことを考えたけど答えは出なかった。

そんな中で娘が切迫早産で即入院。

孫ちゃん1と主人、私の生活が始まりました。

孫ちゃんを連れて娘の病院に行ったり、父の様子を見に行ったりもしたっけ。

 

父は周りの人のおかげで施設に入ることができやっとホッとしたら、インフルエンザで入院。

インフルエンザが治ったら退院できるものだと思っていたのに、経管栄養になりそのまま入院。

栄養状態がよくなかったので、その病院では1ヵ月もつかって言われ、私たち姉妹は後悔だらけだった。覚悟もしたっけ。

どんどん弱っていく父 一人で立つことも出来なかった。

あー、1ヵ月無事に過ぎたね。また来月無事に過ごせたらいいね。こんな会話を妹たちとしていた。

そんな中で孫ちゃん3の誕生 無事に産まれてきてくれてありがとね。明るい話題になりました。

 

父の最初の入院から2か月後、別の病院に転院することが出来ました。

最初のうちは寝たきりだったけど、だんだん自分でベットの上に起きあがることが出来るようになり、支えられながら自分で車椅子に乗ることが出来るようになった。

経管をやっているので家に帰ることは難しかったけど、病院の周りを散歩出来るようになってきた。

痩せてはきたけど頭もはっきりしていたし、孫ちゃん3をひざに乗せたり、好きな野球や相撲を見ることを楽しみにしていた。

 

 

8月 心臓は肥大しているし肺には水が溜まっているので、命の期限は3ヶ月と宣告された。

そろそろ本気で覚悟を決めないといけない、なんて思いながらも実際に父をみていると透析のある日はものすごく具合が悪くなるけど、それ以外の日は散歩に連れて行ってくれとねだり、孫ちゃんたちの顔を見ては喜び、刺身が食べたい、美味しいご飯とみそ汁が飲みたい、大好きなラーメンが食べたいから連れて行ってくれと駄々をこねたりした。

3ヶ月が過ぎ、父の様子を見ているとこのまま年を越せるんじゃないかって妹たちと話をしていたのにな。

 

 

どちらの病院に入院する時も、延命治療をどうするか聞かれた。

延命はしない。そう決めたけど、もう少しよく考えればよかったかなって少し後悔。

父が亡くなる少し前にテレビだったか忘れたけど、延命治療はしないと決めていても、苦しがっている様子を見ると治療を続ける選択をする家族が多いことを知った。確かすみこさまのブログにも同じような気持ちが書かれていたと思う。違ってたらごめんね。

もし 延命をしていたら・・・。どうだったかな

 

 

 

 

今年1年 嬉しいこともあり、悲しいこともあり 目まぐるしく過ぎた1年でした。

来年は少しゆっくり出来る年であってほしいな。

 

今年も残すところあと2日

寒い日が続きます。ブロ友の皆さまも体調を崩されませんように。

 

 

 

 

 

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ありがとうございます

父へ供養の言葉をたくさんありがとうございました。

本当はお一人ずつコメントをお返ししたいのですが、2週間たった今日でも気持ちが落ち着かず、自然と涙が出てしまいます。

もう少し時間がかかりそうです。

 

 

亡くなる4日前 孫ちゃん3をお腹の上に抱っこして重くなったなあ なんて笑顔を見せていた父

その後 肺に水が溜まっているので抜く手術をした。

それからだんだん弱っていった父 本人が希望したとはいえ あの時やめていたら…って考えてしまう。もしかしたら、年を越せていたかもって。

父は どんな気持ちだったんだろう

聞くことが出来るなら 聞いてみたい。

 

先日 叔母と電話で話をした。葬儀のお礼を兼ねて

叔母も叔父も 子供たちに面倒を見てもらって幸せだったと思うって、話をしたんだよって。

そう言ってもらえると私たちも嬉しいけど 

もう少し生きていて欲しかった。 もう少しとりとめのない話をしたかった。

ただ いてくれるだけでいいから。

 

なんだか 気がぬけてしまったのか

喪中のハガキも出さないといけないのにやる気が出ない

どんどん日が過ぎていくのにね

 

 

私の両親が亡くなり

母と呼べる人は主人の母だけになりました。

もう少し親孝行しなくちゃね

マメに顔を見にいかなくちゃ

お義母さん 長生きしてね

 

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ニュースの中で

あっという間に12月も半ばに差し掛かりましたね。

今年も残りわずか

そんな中 静岡の駿河湾名産の桜エビが今年は大不漁で秋漁は中止となった、というニュースを見た。

桜エビは秋漁と春漁がおこなわれるんだけど、確か春も不良で量が少ないってニュースを見たなあ。

秋も成長が悪いってニュースで言ってたのを思い出す。

もとに戻るのは3年くらいかかるとか。

だけど大切な資源 消費者の私もガマンだなあ。

 

ただ 生桜エビのかき揚げ サクサクして美味しいんだよね

何年後か 美味しい桜エビのかき揚げを思いっきり食べられますように。

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もっといろんなことを聞いておけばよかった

母が亡くなってもうすぐ7年

母の葬儀や法要のことは全部父がやっていた。

だから

 

父は9か月入院をしていたし、命の期限も言われていたけど、

父にはどうしても聞けなかったことがある

お墓のこと 神社のこと (父は信徒だったので 熱心だったかはわからないけど)

考えたくなかったし 本人なんかには直接聞けなかった

もっと元気な時に聞いていたら こんなに苦労することはなかったんだろうけど

父の残した手帳やはがきなどあちこち探して葬儀のためにお宮さんにお願いをしたり

苦労しました。

 

それでも何とか葬儀や手続きも何とか済みました。

 

次は50日祭(仏教だと四十九日)と納骨 無事にすみますように

 

 

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父のこと

12月2日 父が亡くなりました。

86歳 来月には87歳を迎える予定だったのに。

 

先日 無事に葬儀も済みました。

 

8月に余命3ヶ月と先生に言われ、透析の日は辛そうな日も増えていたけど

ある程度安定しているように見えたので、このまま何とか年を越せるかなって期待をしてたけどさ。

 

覚悟はしてたけどやっぱり悲しくてさみしい。

 

 

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